詩・散文などの埋葬地です。時々行楽の記録もうろうろ・・

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別窓 | スポンサー広告 |
2010-08-28 Sat 23:28
馬も御者も私 馬車さえも
私が私の意志によって立法し、あたかもひとつの国であるかのように私自身を動かす時、磨耗した靴に垂直登攀の意義をもう一度問い直すと同じ作業が必要だ。犬は可愛いだけで許される(私がそれを許す)が、私は井戸の水汲みを、それも井戸を掘るところから始めなければならない。砂地の隅で立ち尽くすことから始めなければならない。快癒しない病の手を持つ老人は、だからこう言うのだ、震えた空気を私の傍で吐きながら、「無垢な海亀の悲哀をあなたの中に見る」。私は九九を唱えながら、太陽で炒られた砂の奥へ頭を突っ込み、「漂流の喜びは椰子の実だけが知る」。爪に食い込む乾いた感触はつまり、警笛を知らない島の子らの素足、カーテンの内に隠匿された大人の夜歩き、と同じ倫理を包摂していると私なら言うだろう。(彼らなら嬰児の指しゃぶりだとあるいは言うかもしれない)無作法な指がもがくほど、雲が迷うのは自らの流れてゆく先だ。その眼前にある緑色のもしくは虹色の幻、同時に指がすくっては捨てる黄檗色の尖鋭な影。すくうのは私、が打ち立てた法、が動かす私自身、時に与え、さもなくば戦い、あるいは自らを裁いて、それはひとつの不可侵な国の姿である。
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