2015-01-21 Wed 18:38
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「 古城の内 」
古城に私を呼び寄せてほしい。 そこには万人が守ることを暗黙に了解された、赤子のような尊厳だけがあり、 ほかには花も、汗も、およそ人の生涯を彩る苦楽の一切が匂わない、そんな古城がいい。 城の門から内へは、私は裸足で行く。 荒い目の石畳を踏んで、重い扉に掌を触れれば、 聞き覚えのある優しい音をたてて、中から緞帳が手繰られるように、きっとそれは開くのだ。 広間の遥か高い窓から、一日の慰めに陽が零れ落ちていて、 時折そこを鳥の影が軽やかに横切るだけの、空気さえ眠る城の中で、 私はほとんど生まれて初めて、踊るということがしたい。 冠を戴く静寂と、彼を訪れた私の間に成立する、僅かに礼節を欠いた愛情表現。 言葉と音楽を排して、思考を土へ返し、緩やかに弧や波を描くだけの肉体からは、 私達にしか分からない交感が、ひっそりと生じるだろう。 野の花の香りくらい、それは微かであってもいい。 踏みしめる床の冷たさや、木の棘を掴む時の痛みのようなものを、汲み取れるだけの深さがあれば。 汲み取ったものが、永遠に私の血の一滴であり続くに足る濃度さえあれば。 スポンサーサイト
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2015-01-21 Wed 18:36
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「 軌条について 」
生き方の軌条は大いに外れてよい。 ただし迷途の果てに 野ざらしの屍となる覚悟を ゆめゆめ欠いてはならぬ。 生き方の軌条を大いに勧めてよい。 ただしそれに首を振り 敢えて荒野へと歩みだす者の背中を 決して笑ってはならぬ。 生き方の軌条はなくてもよい。 しかし敢えて先人達のそれを 踏襲する堅実さと誠実さとが 大いにあってよい。 生き方の軌条はあってよい。 しかし軌条に沿った生き方を強いるものが 絶対にあってはならぬ。 |
2015-01-21 Wed 18:34
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「 失郷 」
故郷を離れる寂しさよりも 故郷が私から離れてゆく寂しさは いっそう勝るものがある 久方ぶりの故郷は 姓が変わり 見違えて女になった幼馴染の娘のごとき よそよそしさと触れがたさを その身に纏っていた 私は周章し 辺りを徘徊する 群れから放逐された狼のように 連れ合いを奪われた牡鹿のように 不穏な鼓動と同じ速さで鼻をひくつかせながら 嗅ぎ慣れたぬくもりを探して 蹌踉とさまよう 私の故郷は何処へ行ったか 私の故郷は 誰かが小脇に抱えて走り去ったか 何かが日の差さぬ場所へと追い遣ったか あるいは 見初められるまま福家へと嫁ぎ 養われて在るのか 食うや食わずに耐えかねた末に… 懐かしい人人を置き去りにして 私を捨てて 今は誰にその身を委ねているか 見知らぬ瀟洒な女の姿に かける言葉を失する |
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